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ぼちぼちいこか。でも At Fillmore East だけは、今も特別や — Yoshihiro Sasaki
私の愛したアルバム

ぼちぼちいこか。でも At Fillmore East だけは、今も特別や — Yoshihiro Sasaki

目次
  1. ラジオの向こうから、ブルースへ
  2. At Fillmore East — 18歳の衝撃
  3. Statesboro Blues と Duane のスライド
  4. In Memory of Elizabeth Reed — 手が届かない高み
  5. 日本のブルース、そして今も
  6. 編集後記

最初はラジオだった。

小学生のころ、どこかの局から Let It Be が流れてきた。カーペンターズも、そのころだったか。音楽というものを意識した、最初の記憶だ。

それが Deep Purple になり、Led Zeppelin になり、Eagles になり、Doobie Brothers になり、Clapton になった。そしてふと気づいたら、Allman Brothers Band を経てブルースに行っちまっていた — 佐々木さんは、そう語る。

ラジオの向こうから、ブルースへ

音楽の道は、気づけばブルースへと続いていた。

Otis Rush の名前を挙げたとき、佐々木さんの言葉に柔らかさが漂った。「Otis Rush 好きやったな。あんまりコピーしてないけど。」コピーしていないのに好き — それがブルースの聴き方だ。体で感じるもの、理屈じゃない。

B.B. King についてはこう言っていた。「BBKingは、洗練されてたように聞こえて、大学時代は、これ違うと嘯いてたが、今は良く歌ってる。当時は分からんかった。」

若い頃はわからなかった。でも今はわかる。それがブルースとの正しい付き合い方なのかもしれない。B.B. King の音は派手じゃない。でも一音の重さが違う。生きた証が乗っている。

周りに詳しいやつらがいて、色々教えてもらった — とも言っていた。音楽は一人で聴くものだけれど、誰かに教えてもらってこそ広がる世界がある。佐々木さんの音楽の旅は、いつも仲間と一緒だった。

At Fillmore East — 18歳の衝撃

At Fillmore East — The Allman Brothers Band
At Fillmore EastThe Allman Brothers Band(1971年)

「思い出すのは、AllmanのAt FillmoreEastかな。18の時に買って聞いたけど。」

1971年3月、ニューヨーク・イーストヴィレッジに建つコンサートホール Fillmore East。2夜にわたるライブが、後に2枚組LPとして世に出た。The Allman Brothers Band の最高傑作にして、ロック史に刻まれるライブアルバムだ。

Duane Allman のスライドギター、Gregg Allman の嗄れた歌声、Dickey Betts のサイドギター、Berry Oakley の重たいベース、そして2人のドラマー — Jai Johanny Johanson と Butch Trucks。音の塊が、ホールの壁を揺らしていた。

佐々木さんが18歳でこのアルバムを手にした時、ブルースとロックの境界線はもうなかった。

Statesboro Blues と Duane のスライド

The Allman Brothers Band
The Allman Brothers Band

At Fillmore East の1曲目、Statesboro Blues。Blind Willie McTell が1928年に録音したブルースを、Allman Brothers Band はスライドギターで完全に自分たちのものにした。

「スライドがしたくなって Statesboro Blues をコピー。オープンチューニングなど知らんかったし、知っててもわからんなるので、未だにレギュラーチューニングで演ってる。Duane のスライドは好きだったなー。」

Duane Allman はオープン E チューニングでスライドを弾く。ボトルネックをびりびりと鳴らす、泥臭くも美しい音。その音に惚れた佐々木さんは、オープンチューニングを使わず、レギュラーチューニングのまま今も弾き続けている。

それでいい、と思う。コピーは完コピじゃなくていい。あの音に近づきたいという衝動が大事で、その衝動がギタリストを育てる。

ちなみに Duane Allman は、この Fillmore East の録音からわずか7ヶ月後の1971年10月、24歳でこの世を去った。オートバイの事故だった。だからこの2枚組LPには、美しさと哀しみが同居している。もうこのグルーヴはここにしかない。

In Memory of Elizabeth Reed — 手が届かない高み

「最初は In Memory Of Elizabeth Reed をコピーして喜んでたが」と佐々木さんは言った。「喜んでた」という言葉に、青春の匂いがする。

Dickey Betts が書いたインストゥルメンタル、In Memory of Elizabeth Reed。At Fillmore East バージョンでは約13分。2本のギターが絡み合い、ジャズとブルースとロックが溶け合う演奏だ。

このアルバムで最も難しい曲を「最初にコピーした」という事実が面白い。理論より耳。好きな音から入る。それが佐々木さんの音楽の作法だ。

「いっちょカミが多くて、この人のこの曲で聴くので、深くアルバム通して聞くことがあまりなかった」— そう言いかけて、At Fillmore East だけは別だ、という。全曲、何度も通して聴いてきた。それだけの力がこのアルバムにはある。

日本のブルース、そして今も

「日本では、West Road と Breakdown かな。」

West Road Blues Band — 京都発、日本ブルースの金字塔。永井“ホトケ”隆と塩次伸二を擁し、本場のシカゴブルースを日本の体温で鳴らした。Breakdown は70年代のロック/ブルースバンド。どちらも、日本語でブルースを語る上で外せない名前だ。

大学時代はフュージョンが流行っていたが、馴染めんかった、とも言っていた。みんなが横向きに走るとき、一人だけブルースのまま立っていた。それが佐々木さんという人だと思う。

好きな言葉は「ぼちぼちいこか」。急がず、でも歩みは止めない。音楽との付き合いもそうだ。何十年経っても、At Fillmore East を聴いてギターを弾く。ぼちぼちと、でも確実に。

編集後記

佐々木さんは、私(ナミオ)が大学音楽サークル「The Jokers」に入った時の先輩だ。

ただ先輩というだけではない。プライベートでも本当にお世話になり、恩人の一人だ。上京するたびに必ずスタジオで遊ぶ。先日も佐々木さんが上京されて、一緒に Blues Session を楽しんだ。今もお元気で、ブルースバンドで現役活躍されている。

佐々木さんのプレイを見ると、いつも思う。音楽って、ぼちぼちでいいんやな、と。急がず、でも手は抜かない。レギュラーチューニングのままでも、Duane への愛情は本物だ。

お元気で活躍してほしい。

— Namio

At Fillmore East

At Fillmore East

The Allman Brothers Band

1971

Album Sweet で見る →

書き手

佐々木吉宏

佐々木吉宏

滋賀県大津市在住。愛媛県宇和島市出身。好きな言葉は「ぼちぼちいこか」。現役でブルースバンドで活躍中。

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